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関係の深まり
マーラー:交響曲第4番(2021年2月22日/都響スペシャル/東京文化会館)
© Rikimaru Hotta
――都響の音楽監督になってから、この4月で9年目に入りますが、どのような手応えを感じていらっしゃいますか。
年々、関係が深まっているなと実感しています。私が理想とするのは、指揮者が作曲家と対話をして得られたメッセージを楽器のプロフェッショナルである楽員に伝えると、その途端に一番いい音を出してくれるという状態なんです。そうなるためには楽員一人ひとりが自由に、フリーであることが大事。そうなるよう一歩でも近づきたいと思っています。
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シーズンの幕開け
マーラー:交響曲第7番
大野和士 音楽監督就任披露公演(2015年4月8日/第787回定期A/東京文化会館)
© Rikimaru Hotta
――2023年度楽季ラインナップをみていくと、1900年前後に作曲された作品が多い傾向にありました。これはやはり、大野さんがマーラー(1860~1911)を中心に音楽史を捉えているからなのでしょうか。
それはあると思いますね。そもそもオーケストラが成長するためにはいろいろな音楽をパレットに載せることが必要なんです。レパートリーが1曲増えるごとに、奏者一人ひとりの感受性が多角的になり、その結果として懐が深くなるという現象が生じます。ベートーヴェンだけを演奏するよりも(他の作曲家の作品も採り上げることで)豊かなベートーヴェンになりますし、他の時代の音楽を知ることでマーラーはよりマーラーらしくなる。これはとても大切なことだと思います。
――シーズンの幕開け(4/13定期B、4/15名古屋特別公演、4/16大阪特別公演)も、マーラーの交響曲第7番ですね。
ひとつ前の第6番《悲劇的》は、妻であるアルマ・マーラーとの関係が創作の原点になっていると思うんです。それに比べると第7番を書いている時のマーラーの頭の中は、もっと宇宙的なものを想像していたのではないでしょうか。ですからハ長調で明快な印象を受ける第5楽章(ロンド・フィナーレ)も、それほど単純な音楽ではないと思っていて。マーラーの作品としては非常に例外的ですが、観念的というか理念みたいなものが広がっていく特別なシンフォニーだと私は考えています。
――その次のプログラム(4/21定期A)では、ターネジ、ルトスワフスキ、エルガーという非常にヴァラエティに富んだ組み合わせが目を引きます。
ルトスワフスキのチェロ協奏曲を上野通明さんとやることが最初に決まったんですよ。昨年(2022年)、私がフランクフルトの空港で日本への乗り換えを待っていた時に、チェロを持っている日本人の方がいて、お顔を拝見したら2021年にジュネーヴ国際音楽コンクールで第1位だった上野さんだったんです(笑)。2人でしばらく話をしたのですが、その時に私から「ルトスワフスキをやりませんか?」と提案しました。
――上野さんはジュネーヴで優勝した際にもルトスワフスキを弾いていますが、2018年にはヴィトルト・ルトスワフスキ国際チェロ・コンクールでも第2位になっていて、お得意のレパートリーなんですよね。
ルトスワフスキのチェロ協奏曲って基本的に拍子や縦線がなかったり、途中で小節線がなくなったりするので指揮者にとっては“合わせもの”のなかで一番難しいレパートリーのひとつなんです。そのためか上野さん、まだ日本では1回も弾いてないそうで。もう大変な名曲ですし、謎の多い曲ということで、エルガーの《エニグマ(=謎)変奏曲》をこの日のメイン・プログラムに据えました。
ターネジの新作は、都響(東京)、BBCラジオ3(ロンドン)、NDRエルプフィル(ハンブルク)の共同委嘱作品です。本来は2020年7月(7/20定期A)に東京で世界初演するはずだったのですが、コロナで2度延期になっている間に、我々が最後になってしまいました。「London Time」「Hamburg Time」「Tokyo Time」という3つの楽章があるのですが、私自身がターネジに委嘱した作品なので、実は東京の部分が一番長いんですよ(笑)。現代のシンフォニック・ジャズなので、楽しんで振らせていただきます。
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藤田真央とイザベル・ファウスト
小室敬幸(作曲・音楽学)
――大野さんが出演する公演はこの後、10月になりますね。10/7(都響スペシャル)は、昨シーズンに素晴らしいシューマンのピアノ協奏曲を聴かせてくれた藤田真央さんと再び共演されます。
真央さんとオーケストラで共演しているとき、彼は歌い手と化して「Im wunderschönen Monat Mai」(美しい5月に/シューマンの歌曲集《詩人の恋》第1曲冒頭)と歌うように弾いてくださるので、私はピアニストになって伴奏しているつもりなんです。それが彼との共演における一番の魅力ですね。
今度は彼からのリクエストで、ブラームスのピアノ協奏曲第1番を演奏するのですが、その提案には感銘を受けると共に驚きました。真央さんがどのように手中に収めるのか、そして真央節で今度はどうオーケストラに寄与してくれるのか、私自身とても楽しみな公演です。そしてこのブラームスの協奏曲と同じニ短調で、哲学性というか観念的なドヴォルザークの魅力が一番出ている交響曲第7番を組み合わせました。
――対して10/14(定期C)は、都響の常任指揮者を2005年4月から2008年3月まで務めたジェイムズ・デプリースト(1936~2013)の没後10年記念と銘打たれています。
デプリーストさんと都響が共演した最後の演奏会(2009年12/16定期A・12/18定期B)でソリストだったのがイザベル・ファウストさんで、曲目もこのシューマンのヴァイオリン協奏曲でした。実は彼女、2014年にこの協奏曲を録音していて、今もレパートリーでいろいろなオーケストラと弾いているんです。
私は彼女とまだ共演したことがないのですけれど、演奏を聴く機会は何度もあって、このシューマンの協奏曲は彼女の演奏で2回聴いています。シンフォニー・オーケストラとの共演ではロマン的な側面が浮き出て、編成の小さなドイツ・カンマーフィルとの共演では古典的な構築性が際立ち、解釈が全然違う。都響の音を聴いてどんな演奏をしてくれるのか期待しています。
――それに組み合わされるのがベートーヴェンの交響曲第7番です。大野さんと都響のベートーヴェンといえば、コロナ禍による演奏会中止の時期を経て、ようやく公演が再開されつつあった2020年7月に第1番と第2番、そして9月には第3番《英雄》と順番に演奏していったことが印象に残っています。
ベートーヴェンの第1番、第2番、第3番は私の中でいうと、第1番から第2番で発展が遂げられて、第3番でドンと宇宙へ飛んでいった感覚があるので、それをコロナからの復帰に掛けたんです。今シーズンもまだ復興という名のもとに公演が行われるので、内容としては“前進”する第7番を入れました。
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ラフマニノフとレーガーの生誕150周年
―そして12月には今年生誕150周年を迎えるラフマニノフがプログラミングされています(12/7定期A・12/8定期C)。大野さんが振るのは、この時のピアノ協奏曲第1番(改訂版)だけですが、都響としては今シーズン中にラフマニノフを6曲も採り上げます。
随分と昔のこと(1991年4/26定期B)なんですけれど、都響とサントリーホールでラフマニノフの交響曲第2番をやったんです。その頃まだ、この曲は日本で今ほどポピュラーにはなっていなくて。「これはいい曲ですね」って、リハーサルの段階から何人もの楽員の皆さんが言ってくれたのをよく覚えています。
でもラフマニノフという作曲家を知るためには、ロシア時代だけでは全貌が見えてきません。アメリカ亡命後の最終到達点は交響的舞曲だと思いますが、それより前に書かれたピアノ協奏曲第4番もコンテンポラリーなアーティストとしての姿が感じられますよね。いかに自分が生きている同時代の音から取り込んだものが多かったかを示すいい例だと思うんです。
――ピアノ協奏曲第1番のソリストであるニコライ・ルガンスキーさんとは、ヨーロッパで何度となく共演されているそうですが、彼の魅力は?
薬剤師である彼の妻に話を聞くと、ふだんは非常に穏やかな普通の生活を送っているんですが、一旦練習室に入ると全然出てこないんですって。おそらく彼は、没我的な世界に入っているのだろうなと思います。でも車で移動している時などは、ひとりでコンピュータ相手にチェスをやっているんですよ。そうした知的な趣味で、音楽に押し潰されないようにバランスをとっている。その感覚が演奏にも反映されているから、常に作品の全体像が見えるのではないでしょうか。
――この日のプログラムには、ラフマニノフと同じく生誕150周年を迎えたレーガーの《ベックリンによる4つの音詩》が並んでいます。
アルノルト・ベックリンの絵画『死の島』から着想した音楽といえば、どうしてもラフマニノフの交響詩が有名ですけれど、レーガーのこの作品の第3曲も『死の島』を音楽で描いていて、凄まじく私たちの心の奥底をグッと鷲掴みにしてくれる曲なんですよ。
――レーガーって名前は知っていても、音楽史における立ち位置が分かりづらいですよね。
実は、私がカールスルーエ・バーデン州立劇場にいた時、シンフォニー・コンサートのシリーズで彼の書いた管弦楽作品をほとんど演奏したことがあります。それで分かったのは、一瞬だけ切り取ればシューマンやブラームスに似ているところもあるけれど、結局彼は全く古典的ではないということ。レーガーといえば変奏曲が有名で、モーツァルトを主題にしていたりしますけれど、驚愕してしまうような変容の仕方をする。だから結果としては、新しい音楽を作った人なんです。
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三善晃、ブルックナー、ジョン・アダムズ
――さて今度は、ご自身以外が指揮する公演についてうかがいたいのですが、まずは5/12定期Aの【三善晃生誕90年/没後10年記念:反戦三部作】です。これはもともと3年前(2020年5/8定期A)に予定されていた公演でした。
三善さんの代表作ですが、第二次世界大戦で特攻隊の人たちがこれから飛び立つという時に書いた遺書などに基づく《レクイエム》では、戦争で何が犠牲になったのかを描き、詩人の宗左近さんが書かれた反戦の詩に基づく《詩篇》では生き残った人間が鋭い調子でそれを思い出し、そしていま現在はどうあるべきかを考え、わらべうた「かごめかごめ」が題材になった《響紋》は、(誰もが「後ろの正面」になる可能性があるという意味で)生きるもの全てに与えられなければいけない、心の踊りとしての「かごめかごめ」とでもいうのでしょうか。私はそういうふうに反戦三部作を捉えています。この大作を、バーミンガム市響首席指揮者に就任するなど国際的に活躍している山田和樹さんに振っていただくのですから、今シーズンの “one of the most important” ですね。
――2024年に生誕200年を迎えるブルックナーのアニヴァーサリー企画も、今年度から始まります。6/25・26(定期C・B)に傑作である交響曲第5番をミンコフスキさんが振るのも楽しみなのですが、下野竜也さんが第1番(2024年1/13定期C)を、小泉和裕さんが第2番(10/20定期B)を指揮したりと、比較的珍しい作品がプログラミングされています。こうした初期作の魅力はどこにありますか?
初期のブルックナーは、たとえるならば「信号機を見ながら横断歩道を渡れない」作品だと思います。不器用すぎて安全な道を選べず、途中に障害物があってもひたすら直進し続ける。途中で木にドコン、バコンとぶつかって事故が起こっているんですけれど、その転び方が和声的にユニークで面白かったりするわけです。そういう妙味があります。
――今シーズンの新しい要素としては、アメリカを代表する大作曲家ジョン・アダムズが指揮者として自作を披露しますね(2024年1/18定期B・1/19定期A)。
ジョン・アダムズさんと以前お食事した際にゆっくりお話をしたのですが、最も印象的だったのは「同じものを聴いている中にこそ、違うものがある」と。「同じ要素が繰り返されているように見える中で、それを意識すると全ての空間がまるっきり変化していることに気づきます。そのように私の音楽を聴いてください」とおっしゃっていました。面白いですよね。
――他に大野さんが強く推したい演奏家は?
ピアニストのキリル・ゲルシュタイン(7/14都響スペシャル・7/15プロムナード)は、もう大家ですから是非ご期待いただきたいですね。そして共演するアラン(・ギルバート)の肝っ玉の強いところなんですが、ニールセンの交響曲第5番をやった後で、ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番でコンサートを締めくくるんです。このアイデアは本当に素晴らしいですね。