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2023年を振り返って
シューマン:交響曲第3番《ライン》
(都響スペシャル/ 2020年9月12日/サントリーホール)
© Rikimaru Hotta
本日、お話をうかがっているのは2023年のさなかですが(取材は2023年11月24日に行われた)、大野さん自身が指揮された公演のなかで最も反響が大きかったのは、やはりパトリツィア・コパチンスカヤさんが鮮烈な印象を残した【リゲティの秘密-生誕100年記念-】(2023年3/27 B定期・3/28都響スペシャル)でしょうか?
『音楽の友』誌のコンサート・ベストテンでも、強豪ひしめくなか上位にランクインしました。
そうですね。楽員の皆さんもすごく沸きながら演奏していましたし、そんな雰囲気がお客さまに伝わるのは、やっぱりなかなかないですよ(笑)。コパチンスカヤさんの舞台裏の姿はとても真面目なんです。ところがスイッチが入った途端に雰囲気がパッと変わる。毎回、見事なほどに。それを見ていると我々まで覚醒させられる感じがありました。
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ブルックナー生誕200年
「ブルックナー生誕200年に向けて」第1弾として演奏した
ブルックナー:交響曲第5番
マルク・ミンコフスキ指揮
(第977回C定期/ 2023年6月25日/東京芸術劇場)
© Rikimaru Hotta
2024年度のシーズンもまた話題になりそうなプログラムが揃っていますね。
今年は、アントン・ブルックナー(1824~96)の生誕200年記念です。
2023年度から先行して始まったシリーズですが、大野さんが登場するのは2024年度から。まずは4/3 B定期で交響曲第3番を指揮されます。
実は子どものころ、FM放送で私が初めて聴いたブルックナーが第3番なんです。低弦がずっと同じリズム(4分音符)を刻み、その上で弦楽器がサラサラと分散和音を奏でて始まりますけど、少年の耳には「何だ、これは?」という印象で。しかもそれが段々と激化してくるでしょう? やがてオーケストラ全体がフォルティシモで爆発したときに「これは何かが起こっている!」と思ったんですね。それがブルックナーとの出会いでした。
この作曲家の作品によって、オーケストラがどれほど燃え盛ったり、雄大さが発展したりするのか?あるいはどこまでピアニッシモが出るのか?……という体験を私も聴衆の一人として今までずっとしてきました。ですから自分で指揮するようになっても、それを心掛けて演奏するようにしています。
ブルックナーの交響曲は初期作も含めると11曲残されているわけですが、第3番以降が成熟した作品とみなされることが多いですね。
そうだと思います。例えばゆったりとした第2楽章も、本当に時が止まるかのようで、どこまでテンポを落としても大丈夫という音楽が書かれているわけです。もしかしたら、もう次の世紀の扉の前を歩いているんじゃないかと思うほどでびっくりします。それ以前のベートーヴェンやシューベルトといった作曲家の場合、テンポは一種の音楽的な特徴を表すものなので、まずはひとつのテンポでそのキャラクターを示さなければならない。それが音楽の基本です。途中でテンポが大きく変化すると、感じられる色や景色が全くといっていいほど変わってきますよね? ブルックナーはその部分を拡大していった作曲家ではないでしょうか。
第3番は一般的に第3稿(1889年)の演奏機会が多いですけれど、今回は第2稿(1877年)を選ばれています。都響は第3稿と第1稿(1873年)を何度か演奏していますが、第2稿は初めてなのですね。
私が初めて指揮した版が第2稿だったんですよ。その時も、第2稿を初めて弾いた楽員さんたちが最後の速くなるところで「何だこれは!?」と驚いていたのを覚えています(笑)。
第4楽章のコーダが、第3稿よりも速度指定が速く、しかもヴィオラ以外の弦楽器の演奏が大変なんですよね。
それで今回やるときも是非、第2稿でとお願いしました! お客さまも耳と目の両方で、新鮮に楽しんでいただければと思っています。ブルックナーの第6番までの交響曲は、割とリズムを刻むかたちで進行していくことが多いですよね。第4番《ロマンティック》はちょっと違いますが、それでも冒頭のホルンの主題はリズムによって進んでいきます。
しかし第7番になると、リズムが抜けていく(第1楽章冒頭の主題を歌う)。そこからブルックナーの変容がまた始まり、第9番に向かって茫洋とした響きが増えていきます。それがある意味では、次の世紀の扉を叩いて、不協和音的な要素も含んでいくのです。複雑な和声構造、そして非常に複雑なコントラストを持った音楽を生み出したブルックナーは、なんと広い感受性の持ち主だったのかと驚かされますよ。
交響曲第7番はブルックナーの誕生日である9/4 A定期と翌9/5 C定期で、大野さんが指揮されますので、第3番とのリズムの違いをしっかりと体感したいと思います。そして第9番はインバルさんが指揮される(6/4 B定期・6/5 C定期)のですが、なんと「2021-22年SPCM版第4楽章付き」ということで、未完成で残された第4楽章を最新研究が反映された補筆版で取りあげるのですから、びっくりしました。ちなみに大野さんは、4楽章版を振られたことはありますか?
私自身はやったことがありません。サイモン・ラトルの演奏会で聴いたことはありますけれど。《未完成》といえば、シューベルトが第3楽章以降を完成させていたら、歴史はどうなっていたのだろう?……という問いを投げかけたくなりますよね。ブルックナーの第9番に関しても、論争はずっと続いていくと思います。
ヤクブ・フルシャ© Ian Ehm
そしてブルックナーではもう1曲、第4番《ロマンティック》も7/4 B定期と7/5都響スペシャルで演奏されます。
指揮は、かつて首席客演指揮者を務めてくれた我らがフルシャさんです。2020年にも客演予定がありましたが、コロナ禍で中止に。ですから7年ぶりに戻ってきてくれます。
その間の躍進が凄いですよね。ウィーン・フィルを頻繁に指揮していますし、《ロマンティック》も2021年9月にベルリン・フィルと共演、また彼が2016年から首席指揮者のポストにあるバンベルク響と2020年にレコーディングもしています(しかも全ての版をまとめて録音!)。
都響メンバーも彼のカムバックをすごく楽しみにしていると思いますし、それが自然な形でお客さんに伝わると信じています。
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ショスタコーヴィチ没後50年に向けて
大野和士 音楽監督
2023年度からブルックナーのシリーズをアニヴァーサリーに先駆けて始めたように、ドミトリー・ショスタコーヴィチ(1906~75)の没後50年である2025年に向けて、やはり交響曲を取りあげてまいります。まずは2024年で引退を表明されている井上道義さんが第6番をやりたいということで、これがまず決まりました。
ベートーヴェンの第6番《田園》と組み合わせた、5/30 A定期ですね。井上さんの引退についてはどう受け取っていらっしゃいますか?
井上道義さんは私がまだ東京藝大の学生のころから、練習もよく見学させてもらいましたし、井上さんの自宅で遊んでくださったり、あるいは指揮者として「こうあらねばならぬ」といった語録みたいなジョークを、大真面目に伝えてくれたり。そういう関係だったものですから、なかなかまだ実感が湧かないというのが正直なところですね。むしろ、またいつでもカムバックしてもらいたいです。
ファンもみな、同じ気持ちだと思います! さてショスタコーヴィチの話に戻りますと、大野さんは2025年がやってくる直前の年末(12/4 B定期と12/5 A定期)に第8番を振りますね。
ショスタコーヴィチの交響曲といえば第5番が最も有名ですけれど、年代としては割とすぐ後に第6番ができ上がるんです。でも第6番冒頭の第1楽章はとても遅い楽章で、第5番とはまるで違う。それと同じことを、私は第7番《レニングラード》と第8番にも感じています。今度は独裁下であることに加え、第二次世界大戦が続いている状況。望みのない現実を、この作品が慰めてくれる……そんな性格を持っているのだと私は思っています。第7番は最後に希望が示されるのに対して、第8番のラストは人間の芯から出てくるような溜息なんですよ。
戦争という意味では、現在もロシアによるウクライナ侵攻が続いています。そんな時局のなか、インバルさんは2025年2/10 A定期と2/11都響スペシャルで交響曲第13番《バービイ・ヤール》を指揮される予定です(バービイ・ヤールはウクライナの首都キーウ郊外にある谷で、第二次世界大戦中にナチスがユダヤ人の虐殺を行った場所)。このプログラムは2021年と2022年、2度も公演中止となりましたが、どちらも当初はフィンランドのヘルシンキ大学男声合唱団が予定されていました。“3度目の正直”となる今回はエストニア国立男声合唱団が歌うことになっています。
皆さまご存知のように、フィンランドはロシアの圧政に苦しみましたし、エストニアも長らくソ連に併合されていた国ですからね。《バービイ・ヤール》という作品はそういう状況を絵のように描くわけではなく、それを音の響きの中でのヴァイブレーション(印象)としてショスタコーヴィチは伝えてくれます。だからこそ、そのあたりの感覚がビリビリと揺さぶられるのでしょう。
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都響創立60周年委嘱作品
小室敬幸(作曲・音楽学)と大野和士 音楽監督
ここまで見てきたように、今季の大野さんは大きなプロジェクトであるブルックナーとショスタコーヴィチを主に振られるわけですが、もうひとつ2025年3/14 A定期も指揮されますね。
この日の目玉は、なんといってもベルリン・フィルの首席ホルン奏者であるシュテファン・ドールさんが新作協奏曲の日本初演をしてくださることです。都響としては創立60周年記念の委嘱作品(共同委嘱)になります。
ドールさんは2023年7月にも都響と共演、アラン・ギルバートさんの指揮でモーツァルトの協奏曲第4番だけでなく、後半の《アルプス交響曲》の演奏にも参加されて話題になったのが記憶に新しいです。
私もいろいろなオーケストラで彼と何回も協奏曲をやってきました。今回は、いま世界で最も注目されている作曲家のひとり、イェルク・ヴィトマンさんがドールさんのためにホルン協奏曲を書き下ろします。彼は作曲だけではなく、クラリネットを吹き、指揮もする。しかもそれぞれの道においてとびきり一流なんです。そんな作曲家が名手のドールさんと組んで、ホルンという楽器をホルンではないかのごとく響かせるのか?……そう考えただけでとても楽しみです。
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ダニエル・ハーディング
ダニエル・ハーディング © Julian Hargreaves
ご自身が出演されない公演で、特に注目されているものはありますか?
やはり都響を初めて振るダニエル・ハーディングさんですね。2021年7月に客演が予定されていましたが、コロナ禍で中止になってしまって。今回ハーディングさんが出演する8/9 B定期と8/10都響スペシャルは、定期というより特別演奏会と呼びたいくらいです。
大野さんから見たハーディングさんの凄さは?
彼の若いころから知っているんですが、当時は紅顔の美少年という表現がぴったりでしたね。ところが指揮棒を持つと豹変するんです。20代から、指揮台に立つとビシっとオーラが出てくる。オーケストラの楽員さんは皆、指揮者の一挙手一投足を見ています。そういうときに彼が語る一言は、世界の一流オーケストラを唸らせる力があります。彼が言うのなら、どんな要求をされてもOKだ、という雰囲気を醸し出す。それがハーディングさんの今を形作っているのではないでしょうか。
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アラン・ギルバート
そして我々の首席客演指揮者であるアラン・ギルバートさんにも注目していただきたい。まずは7/15 C定期と7/16都響スペシャルですが、樫本大進さんとアミハイ・グロスさん、ベルリン・フィルの2人の首席奏者が、モーツァルトの協奏交響曲を弾いてくださる。しかも、その後はベートーヴェンの第5番がきます。
前半に置かれたアイヴズ「オルコット家の人々」にベートーヴェンからの引用がある、凝ったプログラムですね。
アランさんは7/23都響スペシャルと7/24 A定期にも登場、エストニア出身でスウェーデンに帰化したエドゥアルド・トゥビンのコントラバス協奏曲を演奏します。ソロは都響首席奏者である池松宏さん。少しジャジーなところもある曲なんですが、前半のリンドベルイ《EXPO》とも、後半のリムスキー=コルサコフ《シェヘラザード》とも違う雰囲気を堪能できると思いますので、とても楽しみにしています。
さらに、若い指揮者でいうとタビタ・ベルグルンドさん(1989年生まれ)、キリアン・ファレルさん(1994年生まれ)も、都響とは初共演です。まずはこのコンサートで成功して、また日本に来ていただけると嬉しいですね。