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語り継ぐ都響|楽譜で読む都響の50年

楽譜に刻まれた都響の50年の歴史。

楽譜に残されている書き込みは都響というオーケストラの個性の集積であり、知的財産と言っても過言ではありません。指揮者と演奏者が入念に作り上げた音楽を本番で再現する手助けとして記号や文字の書き込みがなされ、その公演の熱気を帯びたまま、ライブラリーで次の出番を待っています。
現在、都響には演奏用パート譜1,940セット、スコア5,670冊、ヴォーカル譜224冊があり、私たちライブラリーセクションの手により常に使用できる状態で維持管理されています。ライブラリアンは指揮者と係わることの多い仕事です。50周年にあたり、通常は公開していない楽譜を歴代指揮者のエピソードを交えつつご紹介したいと思います。

糸永桂子(都響ライブラリアン)

創設期の歴史を語る楽譜たち

写真①
【写真①】

写真①は都響の財産、楽譜購入台帳。購入リストから都響の歴史が読み取れる資料です。1965年4月1日に都響が発足し、5日からリハーサルが開始されました。楽譜の発注日が5日ということはこの日から事務所も本格稼働したようです。記念すべき台帳番号第1番はモーツァルト:『後宮からの逃走』序曲、価格3,000円。現在の10分の1以下の価格です。

購入台帳番号3番はベートーヴェン:《エグモント》序曲。森正氏、モーシェ・アツモン氏も使用した記録があります。しかし創立50年を迎えた都響もご多分に漏れず酸性紙問題に悩まされております。当時の洋紙は酸化が著しく、ほぼ半世紀を過ぎた今、退色しボロボロと劣化してきています。

写真②
【写真②】

写真③
【写真③】

長い年月の間に補修用として使用した紙粘着テープからも油が滲み、このままでは使用できない状態です(写真②③)。ボウイングや書き込みは貴重な知的財産。新しい楽譜に更新すると同時に、記録を残すためにPDF化をすすめています。

写真④
【写真④】

さて、創立時に話を戻します。4月5日東京文化会館Aリハーサル室で大町陽一郎氏の指揮によりウェーバー:歌劇『オイリアンテ』序曲(写真④)で産声をあげた都響。この楽譜は幸い劣化を免れ、現在も現役で活躍しています。直近の演奏は2015年4月18日小山実稚恵さんデビュー30周年記念公演でした。
この楽譜もちょうど4月に50歳。50年の年月を重ねた深い音色が奏でられました。

写真⑤は、モーツァルト:交響曲第41番K.551《ジュピター》。
ハインツ・ホフマン氏指揮のもと1965年10月1日創設記念演奏会のメイン・プログラムとして演奏されました。都響の時代が幕開いた瞬間が刻まれています。

写真⑤
【写真⑤】

指揮者の精神を伝える書き込みの数々

写真⑥
【写真⑥】

ハインツ・ホフマン氏から森正氏在任期が都響黎明期ならば、渡邉暁雄氏在任中は都響成長期と言っても良いのではないでしょうか。楽譜購入台帳をめくると以前はスタンダードな作品が蔵書の中心でしたが、この後は北欧・東欧圏、ロシア、アメリカ、邦人作品などを備えレパートリーを増やしていったことが見受けられます。渡邉氏が最も得意としていたシベリウスの音楽は都響でも幾度となく取り上げられ、お客様の記憶に留められていると思います。
写真⑥は、渡邉暁雄氏の書き込みの残るシベリウス:交響曲第3番 op.52 です。

写真⑦
【写真⑦】

写真⑦は、ヨセフ・スーク:《おとぎ話》のヴァイオリン・パート譜。ズデニェック・コシュラー氏の時代、頻繁にチェコの作品を取り上げていました。その際、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団やプラハ国民劇場の楽譜をコシュラー氏が都響に持ち込んでくださったようです。現地で使い込まれ歌心が刻まれた楽譜はとても参考になったことでしょう。このボウイングや書き込みは2014年6月29日、ヤクブ・フルシャ氏による「作曲家の肖像」公演のベースになりました。受け継がれるチェコの音を楽しんでいただけたことと思います。

ジャン・フルネ氏は都響に多くのフランス作品レパートリーをもたらしてくれました。1978年の初登壇ではベルリオーズ:《幻想交響曲》を演奏(写真⑧)。同曲はその後幾度も名演を生み、楽譜に書き重ねられた演奏指示やボウイングをコンサートマスターはじめ楽員はとても大事にしていました。フルネ氏本人からも楽譜を保存するようにとの希望があり、今も大切に保存しています。楽譜を開くとフルネ氏のノーブルで美しい音楽が溢れ出るように思えます。

写真⑨はフルネ氏の直筆。
1999年、フルネ氏と奥様のオーボエ奏者ミリアム・ジェイクスご夫妻によって世界初演されたカルロ・イヴォン:イングリッシュホルン協奏曲の手書きの表紙です。 後半は《幻想交響曲》。奥様もご自分のソロが終わる後半は客席でお聴きになっていました。ご夫妻の温かさが伝わるとても良い演奏会でした。几帳面で素敵な文字はフルネ氏のものとすぐに分かります。

写真⑧
【写真⑧】

写真⑨
【写真⑨】

ライブラリーにホットライン~若杉先生との思い出

第3代音楽監督に就任した若杉弘氏。在任期間中における大事業の数々は、その後の都響の個性を決定づけ、いまなお金字塔として都響史に刻まれています。 「マーラー・ツィクルス」や『ニーベルングの指環』抄、3年間にわたるワーグナーの全楽劇抜粋上演「ワーグナー・シリーズ」により新境地を開拓し、若杉&都響ブランドが確立していきました。
博学でアイディアに溢れた若杉氏との仕事は容易ではありませんでした。事務局スタッフも充分勉強しないと仕事になりません。現在も当時の膨大な資料が残されていますが、ガイドとなるヴォーカル譜は、複雑な書き込みと付箋やクリップで倍ほどの厚みになっています。当時の苦労が偲ばれます。

写真⑨
出版:Boosey & Hawkes社【写真

写真⑩の特徴的な文字は若杉弘氏の直筆です。1999年R. シュトラウス特集で『エレクトラ』の抜粋を演奏した時のもので、「もしかしてE Dur!→×やっぱりC Dur!」とリハーサル中に二転三転した、いかにも若杉氏らしい痕跡です。
若杉氏のスコアには音楽や時代背景、詞(ことば)へのこだわりに伴う指示やカットがこと細かく記入されていました。熟考のすえの音楽的変更も多く、良いアイディアが思いつくと昼間はライブラリーにホットライン、真夜中には手書きの指示書がFaxで届いていました。前夜に作業が完了! と思いきや、朝出勤してFaxを見つけてビックリガックリなんてことも多々。なかなか大変でしたが苦労した甲斐が必ずあり、結果的にとても意味のある素晴らしい音楽になりました。そんな先生(つい先生と言ってしまいます)のおそばで蘊蓄(うんちく)とこだわりの音楽を聴くのが楽しくてしょうがない私でした。

写真⑨
出版:Boosey & Hawkes社 【写真

一番印象的だったのはR.シュトラウス歌劇:『ばらの騎士』劇中唯一のイタリア語の美しいアリア「かたくなさでこの胸をかためて」を細工なさったこと。これはワンコーラスだけの短いアリアなのですが、先生の素晴らしい工夫でなんと2コーラスに!(写真⑪) 
それはそれは珠玉の名オペラアリアとなりました。福井敬さんにまたいつか歌っていただきたいです。

レンタル譜をめぐるエピソード

このように、指揮者の要望を踏まえて楽譜を選び、事前に指示やボウイングを書き込み、リハーサル中は曲作りに集中してもらえるよう準備を万全に整えておくのが私たちライブラリアンの仕事です。楽譜は都響所有譜を使う他、レンタル楽譜も多く使用します。レンタル楽譜は多くの指揮者やオーケストラに使われて世界中をめぐってくるので、コンディションの事前チェックは欠かせません。 使うのは人間ですので演奏中のストレスなのか(ヒマなのか?)指揮者の似顔絵などのいたずら書きも時々見受けられます。公演後には楽譜の最終ページに自分の名前と日付を記入する人もいます。フルートの楽譜にはジャン=ピエール・ランパル氏のパリ管弦楽団在席時代のサインが残っていたこともありました(もちろん借り物ですから、あまり褒められたことではありませんが……)。

写真⑨
出版:Universal社 【写真

写真⑫は2014年3月にエリアフ・インバル氏と演奏したマーラー:交響曲第8番《千人の交響曲》のマンドリンの楽譜です。驚いたことに、奏者のサインの横に「1913年6月8日」と書かれていました。今から102年前! 同曲の初演からわずか3年後=マーラーが没してわずか2年後です。マーラーの存在がとてもリアルに感じられ、この楽譜がその後どれだけの名演を生んできたかと思うと感無量です。

厳しく優しく~ベルティーニ氏の教え

写真⑩
【写真

私の宝物のひとつ、ガリー・ベルティーニ氏と都響の最終公演の際に頂戴した手書きの楽譜カードです(写真⑬)。ベルティーニ氏には厳しくも優しく、とても鍛えていただきました。
ベルティーニ氏とのマーラー・ツィクルスにより、日本における「マーラー・オーケストラ」という確固たる地位を築いた都響。ベルティーニ氏には楽譜に対しての強いこだわりと合理的な思考がありました。
マーラーの楽譜は、交響曲第1番から第10番の《アダージョ》まで、BERTINI Materialという専用譜が出版社に保管されていました。出版社は1社ではなく番号によりUniversal、Bote & Bock、KHANTとありますが、一人の指揮者のために各社足並み揃えて専用譜を確保する……ということは、リスペクトの気持ちが無いとあり得ないこと。世界中、マエストロの行くところに専用セットがついて行きました。楽譜に重ねられた書き込みはすべてベルティーニ氏の指示によるもの……と信じて練習できることは、オケにとって理想的で、安心して音楽作りに集中できたと思います。
では、専用セットのない楽曲はどうしたかと申しますと、エルサレムに居た秘書が、マエストロが過去に演奏した楽曲のボウイングを保管しており、プログラムが決まるとそれを送ってもらって都響のオーケストラ譜に写して使用。公演後はボウイングをコピーして送り返すというルールがありました。結果、常に秘書のもとには最新のマエストロのボウイングがストックされるというシステムでした。
秘書のところにもない楽譜は、ベルティーニ氏が過去に演奏していそうな世界中のオーケストラへ尋ね、それでもなければ事前にマエストロにお渡ししてボウイングや書き込みをチェックしてもらうという徹底ぶり。リハーサルは楽譜のエラーのチェックや書き込みの時間では無く、絶対的に音楽作りに充てるべきという思考を叩き込まれました。正直なところ私は「一つでもミスをしたらクビ!」的緊張を感じての仕事でした。しかもベルティーニ氏と初めて対面する前夜、専属通訳さんからわざわざ電話を頂戴しました。「あなたがどんなレベルの仕事をなさるのか、マエストロが大変関心をお持ちになり楽しみになさっております」……。背筋が凍り、今思い出しても手に汗を握ってしまいます。しかし最後にいただいたあのカード。感謝しているのはワタクシの方です。本当に多くのことを学ばせていただき、感謝の気持ちでいっぱいです。

この頃、都響は世代交代の時期に入りました。創立時に在籍していた楽員の多くが定年で退団し、続々と若い新入楽員が入ってきました。サウンドの変化が危惧されましたが、諸先輩方が残した足跡は楽譜に残り、都響の伝統は上手く次世代に引き継がれたのではないでしょうか。

都響オリジナル版を生んだインバル氏のこだわり

その後のエリアフ・インバル氏とのマーラー・ツィクルスは記憶に新しいところですが、インバル氏にはブルックナーのINBAL Materialが存在します。
インバル氏の版へのこだわりには研究者としての思考を強く感じます。ご自分で楽譜に手(音)を入れることも多く、それは当然ながら時代背景や当時の楽器の能力、作曲家の人物像やクセも鑑み、演奏効果を最大限に発揮しようという深い思考の上でのこと。例えば1stヴァイオリンのパートを2ndヴァイオリンの半分に弾かせたり、チェロパートをヴィオラに、はたまたチェロパートをトロンボーンに!?ということもありました。
何度も演奏なさった曲でも、インバル氏は常に研究を重ね、音楽も楽譜も進化します。リハーサル中に突然指示が飛ぶのでライブラリアンは油断も隙もありませんが、圧倒的なインバル・サウンドが産まれる現場に携わることができる喜びを感じます。

2014年7月のマーラー:交響曲第10番(クック版)の演奏は大きな感動を呼びました。しかしこれもまた事前準備が大変でした。マエストロの希望は過去に演奏し録音もしている第3稿第1版CookeⅡ。しかし現存するAMP(Music Sales)社(以下「AMP社」という) の楽譜は第3稿第2版CookeⅢのみ。この二つの版には大きな違いがあり、CookeⅢは音も楽器も削除されてすっきりしています。インバル氏は加筆補完したデリック・クック氏立ち会いのもと演奏もしており、CookeⅡに絶対的な信頼を寄せていました。さて、パート譜がなければ作らなくちゃならない。AMP社承諾のもと大手術。古い資料をかき集め、1年以上も前からマエストロと相談しつつ加筆訂正し、リハーサルの朝まで推敲を続けた結果、完璧なCookeⅡが復元されました。おそらく世界に一つ。しかしながらリハーサル中にさらにマエストロはCookeⅢの一部を採用。この貴重なインバル・オリジナルCookeⅡ進化版はその後AMP社で初のMahler INBAL materialとして大切に保管されております。

フルシャ氏製の蔵書スタンプ

写真⑩
【写真

ヤクブ・フルシャ氏のスコアには不思議なかたちのスタンプが押してあります(写真⑭)
これはEXLIBRIS(エクスリブリス=蔵書票)と言われる版画が原型で、15世紀ヨーロッパで活版印刷が発明されてから、所有者が分かるように蔵書に貼ったシール状のものです。デザインは所有者にちなんだ紋章や職業や趣味などをもとにしたさまざまな図案が施され、小さなシールのなかにぎゅっと情報が詰め込まれています。古いものは美術品として収集の対象になっているそうです。
友人であるデザイナーに作ってもらったというフルシャ氏のEXLIBRISのデザインは、まず名前のイニシャルJHに、さらに苗字のHrůšaは「梨の木」という意味だそうで、全体を洋梨の形にしています。音楽家なので五線もデザイン。これらを組み合わせたものがフルシャ氏のものと一目で分かるEXLIBRISです。現代はシールではなくスタンプになっていて、几帳面な性格ですから、まるで印刷!?と思ってしまうほどきれいに押してあります。フルシャ氏はマルティヌーはじめ出身地チェコの音楽をとても大切にしているのがプログラミングや取り組み方を見ていてもよく分かりますが、この洋梨型EXLIBRISを見ても、自分のルーツに対するアイデンティティを強く持っていると感じます。今後ますます世界で活躍するであろうフルシャ氏、きっとこの先、この洋梨型EXLIBRISが世界の音楽ファンに一目で彼のものと分かるほど有名になるに違いありません。彼のルーツであるチェコの音楽とともに。

楽譜から自由になるために~小泉和裕氏の教え

2016年には都響デビュー40年になる小泉和裕氏。都響の成長と発展を見守ってくださるお一人です。
小泉和裕氏は、ほとんどの楽曲を暗譜でお振りになることにお気づきの方も多いと思います。交響曲はもとより長大な交響詩、複雑なバレエ音楽でも完璧に! 協奏曲までも暗譜でお振りになることも。ある時何故?と伺いましたら「楽譜から自由になるために」と。指揮をしながらスコアをひっきりなしにめくることには物理的な運動の制約がある上、脳の別々のところを使う“指揮”と“メクル”二つの行為で音楽の流れを止めてしまう。それに暗譜はフレーズもダイナミックなどもすべて咀嚼して自分のものにでき、音楽を自由に表現できる……。う~む、ここまで指揮者に完璧に準備されると楽員の気も引き締まるというもの。結果、オーケストラの能力アップにも繋がり、本番では集中力の高い演奏が生まれます。楽譜が足枷にならない解放された自由な音楽……私たちライブラリアンの究極の理想はここにあるのかもしれません。
付け加えますと、長い時間をかけ深く読み込まれたスコアは言うまでもなくボロボロに。そのスコアを小泉氏の奥様がいつも丁寧に補修なさっているのが印象的です。

楽譜から読む都響の歴史はいかがでしたでしょうか。 いま大野和士氏をお迎えし、新しい都響の足跡が楽譜に刻まれるのは楽しみでもあり、歴史と伝統が刻まれた貴重な財産である楽譜を受け継いでいく責務に、ライブラリアンとしてあらためて身の引き締まる思いです。

●本文中の楽譜は、各発行元の許可を得て掲載しています。複製および他への転載等はお断りします。
●本稿は、『都響倶楽部通信』第77、78号掲載の〈事務局だより〉を加筆・再構成しています。