東京都交響楽団

大野和士 メシアン:トゥーランガリラ交響曲 ©堀田力丸
(第848回C定期/2018年1月20日/東京芸術劇場)

第2回 大野和士の快進撃
   (2017年4月~2019年3月)

文/東条碩夫(音楽評論) Hiroo TOJO

 『東京都交響楽団50年史』(2015年発行)に掲載した「東京都交響楽団50年演奏史」の続編として、2015年度以降の都響の歴史を振り返ります(5回予定)。「50年演奏史」と同じく東条碩夫氏にご寄稿いただきます。


音楽監督・大野和士の快進撃

 大野和士が音楽監督に就任して3シーズン目。彼の掲げるレパートリー拡大方針は進み、プログラムの多彩さがそれまで以上に印象づけられるようになっていた。2017年6月B定期における細川俊夫の《弦楽四重奏とオーケストラのためのフルス(河)~私はあなたに流れ込む河になる~》の日本初演(協演アルディッティ弦楽四重奏団)とスクリャービンの第3交響曲《神聖な詩》の組み合わせなどは、端的にその意欲的な姿勢を聴衆に印象づけたであろう。
 演奏も充実の度を高めていた。特に2018年1月A定期およびC定期におけるフランスもの――ピアノ・ソロ(ヤン・ミヒールス)によるトリスタン・ミュライユの小品《告別の鐘と微笑み~オリヴィエ・メシアンへの追憶に》を導入としたメシアンの《トゥーランガリラ交響曲》における音色の美しさを重視した演奏は、聴衆の投票「想い出に残った公演2017年度」の第2位に選出されたほどであった。ちなみに、彼の指揮したハイドンの《天地創造》(スウェーデン放送合唱団が協演)も、第10位に選ばれている。
 その他、マーラーの第3交響曲(2018年4月A・B定期)、チャイコフスキーの第3交響曲《ポーランド》(同C定期)など、印象に残る演奏も多かったが、とりわけ同年10月C定期におけるドビュッシーの《イベリア》やラヴェルの《ダフニスとクロエ》第2組曲での快演は、フランスで声望を上げていた大野の本領を示したものと言えよう。
 また、2019年2月、新国立劇場における西村朗の新作オペラ『紫苑物語』初演に際し、都響が大野の指揮のもとでオケ・ピットに入ったことは、同劇場の芸術監督を兼任する大野との共同作業の一環として注目すべきものであった。
メシアン:トゥーランガリラ交響曲
大野和士 メシアン:トゥーランガリラ交響曲 ©堀田力丸
ヤン・ミヒールス(ピアノ) 原田 節(オンドマルトノ)
(第848回C定期/2018年1月20日/東京芸術劇場)

首席客演指揮者がフルシャからギルバートへ

 2010年から都響首席客演指揮者に在任、数々の名演を残してきたヤクブ・フルシャが、2017年度シーズンをもって惜しくも退任した。同年7月C定期でのブラームスの第3交響曲とスークの《人生の実り》、同月の「フェスタサマーミューザKAWASAKI」出演におけるスメタナの《わが祖国》をはじめ、同年12月のA・B定期におけるマルティヌーとブラームスの交響曲を組み合わせたプログラムはいずれも熱気充分の演奏で聴衆を沸かせた。とりわけこのB定期は、彼の任期中最後の演奏会としてもファンに強い印象を与え、「想い出に残った公演」の第5位に選出されたほどであった。
 替わって2018年4月から同ポストに迎えられたのは、2011年7月の初客演以来、これも都響との相性のよさを示して来たアラン・ギルバートだった。2017年度のシーズンではすでに4月、AおよびB定期でジョン・アダムズの大作《シェヘラザード.2》日本初演、C定期でベートーヴェンの《英雄交響曲》(想い出に残った公演第7位)などを指揮していたが、就任披露演奏会は2018年7月の都響スペシャルで、シューベルトの第2交響曲とマーラーの第1交響曲《巨人》(クービク新校訂全集版/2014年)で、張りと活気にあふれる快演を披露、聴衆から限りない拍手を贈られていた。
 彼は同月のC定期でガーシュウィンの《パリのアメリカ人》他を、また2018年12月の3つの定期ではストラヴィンスキーの《春の祭典》などを指揮、華麗な作品を多く手掛けていく。
ブラームス:交響曲第1番
ヤクブ・フルシャ ブラームス:交響曲第1番 終演後 ©堀田力丸
首席客演指揮者 退任演奏会
(第845回B定期/2017年12月16日/サントリーホール)
マーラー:交響曲第1番《巨人》
アラン・ギルバート マーラー:交響曲第1番《巨人》 ©堀田力丸
首席客演指揮者 就任披露演奏会
(都響スペシャル/2018年7月15日/サントリーホール)

変わらぬ人気、インバル

 桂冠指揮者エリアフ・インバルは、引き続き大きな存在感を示していた。2018年3月A定期におけるショスタコーヴィチの第7交響曲《レニングラード》は、嵐のような激しさと完璧な均衡を保った豪演で聴衆を圧倒し、「想い出に残った公演」の第1位を獲得したが、その他にも同月のC定期および都響スペシャルで指揮した、剛毅な構築による演奏のシューベルトの《未完成》と、激烈な演奏のチャイコフスキーの《悲愴》も同投票で第4位に、また2017年7月の都響スペシャルで指揮したマーラーの《葬礼》(《復活》第1楽章の原曲)と《大地の歌》における豪壮かつ情感豊かな演奏も第9位に入るという人気の高さだった。「ベスト10」の中に、彼の指揮した演奏会が3つも登場するというのは前年度に続く現象で、このような巨匠を指揮者陣の一角に持つということも、都響の強みの一つであろう。
 その他にもインバルは、2018年3月B定期でベルリオーズの《幻想交響曲》を、また2019年3月にはA定期あるいはC定期でショスタコーヴィチの第5交響曲やチャイコフスキーの第5交響曲などを指揮、同3月の都響スペシャルではブルックナーの第8交響曲を珍しく現行版(ノヴァーク版第2稿)で指揮して怒涛の拍手を浴びていたことも忘れ難い。
マーラー:交響曲第1番《巨人》
エリアフ・インバル ショスタコーヴィチ:交響曲第7番《レニングラード》 ©堀田力丸
(第849回A定期/2018年3月20日/東京文化会館)

手堅いレパートリーと指揮の小泉和裕

 終身名誉指揮者の小泉和裕も、2017年5月A定期でのベートーヴェンの《皇帝》(協演アブデル・ラーマン・エル=バシャ)とシューマンの第2交響曲の演奏が「想い出に残った公演」第6位に入るなど、スタンダードな名曲を揺るぎない構築の演奏で求める聴衆からの支持を得ていた。フランクの交響曲(同年10月B定期)、ブラームスの第4交響曲(2018年11月B・C定期)、チャイコフスキーの第1交響曲《冬の日の幻想》(2019年2月プロムナード)など、彼の手堅い指揮による演奏は、都響の芸風の一角を固めて不可欠の存在と言えよう。
シューマン:交響曲第2番
小泉和裕 シューマン:交響曲第2番 ©ヒダキトモコ
(第833回A定期/2017年5月31日/東京文化会館)

客演指揮者たちによる多彩なプログラム

 邦人指揮者では、ジョン・コリリアーノの《ミスター・タンブリンマン~ボブ・ディランの7つの詩》を日本初演した下野竜也(2018年5月B定期)の存在がやはり大きかったであろう。だが、定期の客演指揮者陣に来日勢が圧倒的に多いのも都響の特徴だった。その中でも特に人気を得たのは、まずフィンランドの指揮者ハンヌ・リントゥで、シベリウスの《クレルヴォ交響曲》(2017年11月A定期)は「想い出に残った公演」の第3位に入り、マルク・ミンコフスキもブルックナーの初稿版による第3交響曲など(同7月A定期)も第8位に入った。
 その他、英国の指揮者マーティン・ブラビンズが披露したヴォーン・ウィリアムズの《ロンドン交響曲》や《南極交響曲》を含む英国プロ(同5月B・C定期)も注目すべきものだった。他にダニエーレ・ルスティオーニ(2018年6月B定期)、アントニ・ヴィト(同9月B定期)ら、多くの優れた指揮者たちが客演したが、当時はまだあまり知られていなかったクラウス・マケラが同年5月(プロムナード)に都響との協演で日本デビューし、シベリウスの第1交響曲などを指揮していたことが注目される。