東京都交響楽団

大野和士
マーラー:交響曲第1番《巨人》
(名古屋特別公演/2021年4月17日/愛知県芸術劇場コンサートホール)
事務局撮影

第4回 コロナ禍からの回復
   (2021年4月~2023年3月)

文/東条碩夫(音楽評論) Hiroo TOJO

 『東京都交響楽団50年史』(2015年発行)に掲載した「東京都交響楽団50年演奏史」の続編として、2015年度以降の都響の歴史を振り返ります(5回予定)。「50年演奏史」と同じく東条碩夫氏にご寄稿いただきます。


【2021年度楽季】
コロナとの闘い

 2021年度楽季は、佐渡裕の指揮する「東京文化会館バースデーコンサート」(4月7日)や、シュテファン・ショルテスが指揮する東京・春・音楽祭への出演(11日)などで幕を開けた。が、時を同じくしてコロナの変異株拡散を含む感染者数も再び増えはじめ、しかもその流行の波は間をおいて繰り返されるという状況が続いていく。音楽界もそれに翻弄されることになる。都響も感染症対策を施しつつ演奏会を開催したが、場合によってはそれらの中止や、指揮者あるいはソリストの変更、曲目の変更のやむなきにいたるケースも少なくなかった。
 例えばその4月は、音楽監督・大野和士の指揮による名古屋特別公演(17日)と大阪特別公演(18日)およびA定期(20日)は予定通り開催されたものの、都響スペシャル(25日)とB定期(26日)は中止になる、といった具合である。――もっとも後者で予定されていたマーラーの《大地の歌》は、リハーサルも充分だったため、サントリーホールでセッション録音を実施、CDで発売するという方法も講じられた。そしてまた、5月10日に中止となった終身名誉指揮者・小泉和裕の指揮によるA定期も、2023年1月B定期において同一プログラムで復活させるといったように、好企画を無駄に終わらせぬ方策がこれ以降も数多く試みられていくのである。
 5月も感染者数は引き続き増大の一途をたどっていたが、しかしそれをはね返すように演奏会は再開された。5月18日のC定期には井上道義が客演、6月には秋山和慶と下野竜也も客演した。6月1日のB定期(サントリーホール)では、小泉和裕が新国立劇場合唱団を迎えてフォーレの《レクイエム》を演奏したが、合唱団はP席後方に間を空けて位置、独唱者もオーケストラ後方に離れて立つといったように、飛沫感染を防ぐためのさまざまな方策が採られていたのも、この時期のことである。
 6月C定期と7月B定期では、来日できた首席客演指揮者アラン・ギルバートが活躍した。前者(26日)ではアイヴズの第2交響曲などアメリカの作品を指揮したが、その日彼は未だ入国後の「待機期間」のさなか、「彼の周囲2メートル間隔保持」とあって、袖から登場して一度客席に降り、指揮台正面の階段からステージに上がるということを余儀なくされた。だがそこはアラン、手を振りつつ笑いながら進んできて、指揮台に上がると陽気に答礼してみせ、場内をたちまち明るい雰囲気に満たしてしまったのはさすがであった。

フォーレ:レクイエム
小泉和裕
フォーレ:レクイエム
(第928回B定期/2021年6月1日/サントリーホール)

『マイスタージンガー』東京文化会館公演が中止に

 感染者が異常に増大した7月、ダニエル・ハーディングの都響初登場は惜しくも延期になった(2024年8月に実現する)が、その中で「フェスタサマーミューザKAWASAKI」出演(7月26日)の際、シンガポール出身の若い指揮者カーチュン・ウォンが都響デビューし、ドヴォルザークの《新世界交響曲》で快演を聴かせたのが注目される。
 8月12日・13日の東京芸術劇場等における「サラダ音楽祭」出演はなんとか実現したものの、同月4日・7日に東京文化会館で予定されていたワーグナーの『ニュルンベルクのマイスタージンガー』(都響がピットに入る)が中止となったのは痛恨の極みであった。これは大野和士がシェフを兼任する新国立劇場と東京文化会館との共同プロジェクト――つまり「国」と「都」の共同という珍しい例である――の一環として、前年に上演が計画されながらも延期されていたものだったのである。結局、この上演は、11月18日~12月1日に、新国立劇場における5回の上演のみがやっと実現される。だがそれは、モネやリヨンなど欧州の歌劇場でオペラ指揮の場数を踏んだ大野の力量が余すところなく発揮され、都響も全力でそれに応える見事な演奏となった。
マイスタージンガー
大野和士
ワーグナー:ニュルンベルクのマイスタージンガー リハーサル
(2021年11月6日/東京藝術大学奏楽堂)

来日中止には代役をもって

 9月からのシーズンは、予定通り小泉和裕の指揮するシューベルトとチャイコフスキーの各第5交響曲というプログラム(C定期)で開始された。B定期のマルク・ミンコフスキは来日延期となったが、デイヴィッド・レイランドが代役として急遽来日、当初の予定より1年半も早く都響デビューを実現させることになる。10月B・C定期に予定されていた大野和士指揮による「ツェムリンスキー生誕150年記念」プログラムのうち『フィレンツェの悲劇』が主役歌手2人の来日が叶わず中止されたのは惜しかったが、藤村実穂子の歌う《メーテルリンクの詩による6つの歌》の深みのある快演がそれを補った。
 12月は客演指揮のサッシャ・ゲッツェル(A定期)とアントニ・ヴィト(B定期)が来日中止となったが、ジョン・アクセルロッドがストラヴィンスキーの《火の鳥》(1910年版)他を、大野和士がショスタコーヴィチの第5交響曲などを指揮してそれをカバーする。準・メルクルが指揮するはずだった暮れの《第9》を代わりに振ったのも大野和士であった。
 越えて1月、A・C定期では、来日不可となったマーティン・ブラビンズに代わり尾高忠明がディーリアスの《楽園への道》などを指揮し、2月のプロムナードコンサートではオスモ・ヴァンスカの代役をふたたびアクセルロッドが務めた。大野和士の指揮する2月B定期では、2020年から延期されていたターネジの《タイム・フライズ》の日本初演と、ブリテンの《春の交響曲》が予定されていたが、これも再び中止・延期となる。だがC定期で彼が指揮したR. シュトラウスの『ばらの騎士』組曲は、原曲のオペラのドラマ展開を目の当たりに見るような快演だったのが印象に残る。彼はA定期でもショスタコーヴィチの交響曲第10番他を指揮、音楽監督として激動の時期を乗り切っていく。
 続く3月には、桂冠指揮者エリアフ・インバルに代わりアラン・ギルバートが駆けつけ、バルトークの《中国の不思議な役人》組曲などを指揮してプロムナードコンサートを救うという、僥倖の一幕もあった。ギルバートは予定通り翌週も滞在、C定期と都響スペシャルでブルックナーの第7交響曲とソルヴァルドスドッティルの《メタコスモス》(日本初演)を振り、2021年度を締めくくった。
クラウス・マケラ
クラウス・マケラ
ショスタコーヴィチ:交響曲第7番《レニングラード》
(プロムナードNo.397/2022年6月26日/サントリーホール)
©平舘平

【2022年楽季】
演奏会は再び軌道に

 2022年度楽季、コロナ感染の波は未だ続いていたが、演奏会は次第に正常に戻りはじめる。4月10日には「東京・春・音楽祭」に、アレクサンダー・ソディの指揮によりマーラーの第3交響曲をもって出演。いっぽう同月定期は大野和士が指揮し、A定期と都響スペシャルではR. シュトラウスの《英雄の生涯》を矢部達哉のヴァイオリン・ソロで取り上げ、2020年3月に中止となっていた藤田真央によるシューマンのピアノ協奏曲を復活させた。またこの演奏会では、2月24日に起こったロシアのウクライナ侵攻を受け、ウクライナの作曲家シルヴェストロフの《ウクライナへの祈り》(管弦楽版日本初演)をプログラムに追加している。これは「主よ、ウクライナを守り給え」という原曲の歌詞をそのままイメージさせる叙情的な小品で、その美しさが聴衆の心を打った。時宜を得た企画と言えよう。大野はC定期でマーラーの第5交響曲を指揮したが、これまた強靭な推進力を備えた演奏だった。
 5月~6月は小泉和裕がチャイコフスキーの第4交響曲やベートーヴェンの《英雄交響曲》他を、アンドリュー・リットンがコープランドの第3交響曲他を指揮、対照的な性格を持ったプログラムを披露する。さらに話題を集めたのは、6月26日のプロムナードコンサートにおいて、2020年4月に予定されながら延期となっていた俊英クラウス・マケラの客演と、彼が指揮するショスタコーヴィチの第7交響曲《レニングラード》が実現したことであろう。ロシアによるウクライナ侵攻のさなか、この時期に同曲を取り上げることについては微妙な問題もあったようだが、しかし演奏そのものは超絶的なほど凄絶なもので、この若手指揮者の恐るべき実力と、都響の底力とが遺憾なく発揮された豪演であった。マケラは同日にフィンランドの作曲家ジノヴィエフの《バッテリア》を日本初演し、またB定期(7月1日)にはマーラーの第6交響曲《悲劇的》をも指揮、いずれも都響の音響的な威力を最大限に発揮させていた。
 その7月にはアラン・ギルバートも登場、都響スペシャルで「チック・コリアに捧ぐ」と題し、彼のトロンボーン協奏曲を日本初演するという興味深い企画をも披露する。またB・C定期で指揮した「モーツァルト後期3大交響曲」では、和声の精妙な動きの面白さと、3曲それぞれの性格を自然に色分けするといった指揮を聴かせ、《ジュピター》が終わると同時に爆発的な拍手が起こるという好評ぶりであった。
チック・コリア:トロンボーン協奏曲
アラン・ギルバート ジョセフ・アレッシ(トロンボーン)
チック・コリア:トロンボーン協奏曲
(都響スペシャル/2022年7月17日/サントリーホール)

ダウスゴー、インバルらの活躍

 9月は大野和士がC定期でブラームスの第2交響曲他を、B定期でヤナーチェクの《グラゴル・ミサ》(1927年第1稿)他を指揮、小泉和裕もプロムナードコンサートでベートーヴェンの《田園交響曲》とレスピーギの《ローマの噴水》《ローマの松》を組み合わせた流れの良いプログラムを指揮した。A定期でも下野竜也が「別宮貞雄生誕100年記念」として3つの協奏曲を指揮するという有意義な企画を披露している。
 10月定期では、以前に中止となっていた企画が2つ復活した。デンマークの指揮者トーマス・ダウスゴーが指揮するニールセンの第4交響曲《不滅》他(C定期)と、準・メルクルの指揮する細川俊夫の近作、オーケストラのための《渦》(A定期)などである。いずれもプログラムの一部は変更されていたものの、新鮮さを求める聴衆からは喜ばれたであろう。まして、前者で演奏されたデンマークの作曲家ランゴーの第4交響曲《落葉》などは、ふだんまず聴く機会のない作品だからである。
 なお11月は、大野和士に率いられて出演した新国立劇場開場25周年記念公演、ムソルグスキーの『ボリス・ゴドゥノフ』全5回公演に全力が注がれる。重厚な響きで、このオペラの暗い音色をよく再現した都響の演奏であった。
 この頃には、海外演奏家も予定通り来日し、公演も当初の予定通りの内容で行われることが多くなっていた。12月にはエリアフ・インバルが予定通り来日、B定期と都響スペシャルではウェーベルンの《管弦楽のための6つの小品》op.6を「1928年の2管編成版」で指揮、ブルックナーの第4交響曲《ロマンティック》(1874年第1稿)の豪演でも聴衆を沸かせる。彼はなおA・C定期でフランクの交響曲を、壮大なクレッシェンドを備えた滋味豊かな演奏で聴かせ、さらに《第9》(3回公演)をも指揮するという活躍ぶりであった。
ベートーヴェン:交響曲第9番《合唱付》
エリアフ・インバル
ベートーヴェン:交響曲第9番《合唱付》
(都響スペシャル「第九」/2022年12月26日/サントリーホール)
マーラー:交響曲第2番《復活》
大野和士
マーラー:交響曲第2番《復活》
(都響スペシャル/2023年3月16日/サントリーホール)

圧巻のリゲティ特集

 2023年1月には、フィンランド出身の指揮者ヨーン・ストルゴーズがマデトヤの第2交響曲など自国のレパートリーをもって都響に初登場。またB定期では小泉和裕がシェーンベルクの《浄められた夜》とブラームス~シェーンベルク編のピアノ四重奏曲第1番を指揮したが、このプログラムも、一度中止になった2021年5月A定期(前出)のそれを蘇らせたものである。そして、2月のヤン・パスカル・トルトゥリエ指揮のフランス・プロ(B・C定期)と、デイヴィッド・レイランド指揮のシューマンの《ライン交響曲》(プロムナードコンサート)なども、全て予定通り開催される。3月も英国生まれの指揮者ベン・グラスバーグの都響デビュー(C定期)、大野和士指揮によるA・B定期など、いくつかの演奏会がすべてつつがなく行われたのは幸いであった。
 この3月における大野和士の活動も、相変わらず目覚ましいものがあった。A定期と都響スペシャルでは、2021年2月に予定されつつ中止になっていたマーラーの交響曲《復活》を、「生」を信じて突き進む青年像といった力強い演奏で鳴り響かせた。マスク無しで量感ある声を響かせた新国立劇場合唱団も素晴らしく、終演後には「これがコロナ終結の証、って感じだな」という声さえロビーで聞かれたほどである。また、プロムナードコンサートでのドビュッシーの《海》も、精緻さとダイナミズムを併せ持った快演だった。
 極め付きの意欲作は、B定期と都響スペシャルで組んだ「リゲティの秘密-生誕100年記念-」であったろう。特にヴァイオリン協奏曲と《マカーブルの秘密》では、パトリツィア・コパチンスカヤが奇抜なメイクをし、弾きながら奇声を発したり走り回ったり、楽員や聴衆を挑発したりというパフォーマンスを加え、会場を沸かせた。なおこの28日の「都響スペシャル」は、勇退するコンサートマスターの四方恭子のお別れのステージともなった。
パトリツィア・コパイチンスカヤ
大野和士 パトリツィア・コパチンスカヤ(ヴァイオリン&声)
リゲティ:マカーブルの秘密
(都響スペシャル/2023年3月28日/サントリーホール)

特記以外:写真©堀田力丸